情報社会を幸せに生きていく 2.テクノロジーの進化が
「富」と「価値観」の流れを変える

テクノロジーの進化により、狩猟社会から農業社会、工業社会、情報社会へ移り変わり、人間が生きていく上で大きなウェイトを占めてきた「富」と「価値観」の流れが変化することにより、大きく変わってきました。

どのように変わっていったか、具体的に整理してみていきたいと思います。

テクノロジーの進化により、
「富」を持つ人間が変わってきた

テクノロジーの進化が「富」と「価値観」の流れを変える

狩猟社会では、狩りで獲得した動物は腐敗してしまい、食料を保存することができなかったため、あまり富の格差がありませんでした。農業社会になると、農耕技術が発達して食料が保存できるようになり、軍事力を持つ領主とその家来が力を持つようになりました。江戸時代の日本でいえば支配階級の大名、武士と、被支配階級の農民とで、格差が生まれました。

工業社会になると、工場で大量生産ができるようになり、工場を持つ資本家と経営者が力を持つようになり、資本家側と労働者側で、大きな格差が生まれました。明治から昭和初期にかけて、財閥が日本国内の経済を支配していました。第二次世界大戦で焼け野原になる前の、戦前の日本は今と比べものにならないくらい格差がありました。

情報社会になると、スマホやパソコンで人と人がつながるようになり、世界中に展開している情報産業などのグローバル企業の株式を持つ資本家や経営者が力を持つようになり、資本家側と労働者側で、とてつもない格差が生まれました。現在では、GAFAと呼ばれるアメリカの情報産業のグローバル企業が、世界の株式時価総額ランキングの上位を独占するようになりました。

まとめると、農業技術というテクノロジーにより軍事力を持つ大名、工業技術というテクノロジーにより工場を持つ資本家、情報技術というテクノロジーにより情報産業を持つ資本家が富を持つようになり、テクノロジーの進化により、富を持つ人間が移り変わってきたのです。

情報発信者の「価値観」に影響を受ける

情報を受け取る人間は、情報発信する人間の価値観に影響を受けています。テクノロジーの進化により、情報の伝達方法が変わることにより、情報発信する人間が変わります。そうなると、情報を受け取る人間の価値観も変わり、新しい情報発信者に影響を受けるようになります。

テクノロジーが進化すると、
情報発信者が変わる

テクノロジーの進化により、情報発信者は変わってきました。

狩猟社会では、動物の狩りや植物を採集をする集団の中で、両親や兄弟などの家族だけでなく、親友や友達とも協力しながら生きていました。特に情報の大きなハブになる人もおらず、お互いが声により情報を伝達していたのです。そのため身近にいる家族、親友、友達中心に、影響を受けていたことになります。決して多くの人と知り合うことはありませんでした。1日に数人、多くても隣の部族の人数十人と接触するくらいでした。常に命の危険にさらされながらも、生活を共にする家族、親友を大切に協力して生きていくという価値観が重視されました。

現在の情報社会でも、遺伝子はこの時代の頃に最適化されるように設定されています。世の中には沢山の人間がいるにもかかわらず、家族や親友のほんの数人のウエイトが心に占める割合として大きいのも、この頃設定されたままの遺伝子のせいです。

私達人間は、家族や親友を大事にすることは当たり前であり、特に普段意識していないでしょうが、この遺伝子が幸せに直結しているわけです。

例えば、小学校の同じクラスの親友とあまり関わりがないクラスメイトが学校を休んだら、親友の方が気になって、あまり関わりがないクラスメイトのことはそんなに気にならないでしょう。親友もあまり関わりのないクラスメイトも同じ人間ですし、おそらくクラス全体から見たら、人間的価値はそこまで変わらないはずですが、人間は近しい人間を大切に感じるように遺伝子が設定されているのです。

縄文時代後期に農業技術が中国大陸から伝達されて以来、江戸時代までの農業社会では、農耕技術が発達したため、人々は村に定住して暮らすようになりました。その頃には、集落の村長や寺の住職が情報のハブとなり、村人に情報を伝えていました。狩猟社会の時よりも数十人から数百人ほどと集団が大きくなり、親友や友達だけでなく、村長、住職からも大きな影響を受けていました。支配者であった大名にとって都合の良い情報が村長や住職に伝わり、それが村人に伝達されていたのです。家を守り、家が管理する田畑を守り、集落の中では足並みを揃えて、お互い協力しあって生きていくという価値観が重視されました。今も田舎ではそういった伝統的価値観が残っています。

また、農耕技術は世界中に広がり、日本だけでなく、ヨーロッパや中国も同じような社会でした。

明治、大正の時代は、農業社会から工業社会への過渡期でした。昭和の時代の工業社会では、テレビ、新聞が情報のハブとなり、人々に情報が伝えられていました。村長や住職からの影響を受けにくくなり、代わりにテレビや新聞から影響を受けるようになりました。親友や友達もテレビの影響を受けていたので、学校や職場では同じ価値観ばかりとなり、大きな流行を生み出していました。

会社が大量生産する→テレビがCMや番組で宣伝する→会社の物がよく売れる →より会社が大量生産するの流れで循環していました。テレビや新聞の情報伝達力は強く、皆がよく働きよく稼ぎ、欲しいものを手に入れることが幸せであることに疑いもなく生きていました。

政治に対しても、テレビ局や新聞社の幹部達が強い影響力を持っていました。テレビや新聞の流す内容により、支持率が大きく変化していました。誤解を恐れずにいうなら、新聞社やテレビ局の経営幹部が、日本の政治を支配していました。

平成の時代は、工業社会から情報社会への過渡期でした。 1995年にWindows95が発売されて、1つの机に1台パソコンが置かれるようになりました。 2010年代になり、1人1台スマホが普及しました。 スマホの普及により、ショッピングセンターやデパートは、アマゾンや楽天などのネットショッピングに、テレビ、新聞、雑誌、ラジオは、動画、ニュースアプリ、SNS、ホームページ、ブログなどに、固定電話、手紙は、メッセージアプリやメールに置き換わり、大変便利になりました。

令和の時代の情報社会では、テレビや新聞の影響力が薄れ、SNS(LINE、Twitter、Facebook、Instagram、YouTubeなど)やニュースアプリなどを通して、画一的ではなく、個人同士がお互い影響し合う多様な価値観が広がっています。工業時代と比べても、大量の情報がスマホを通して入ってくるため、誰からの情報を受信するのか、誰からの情報を遮断するのか、取捨選択が必要になりました。

広告やSNSなどを提供するGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を代表するIT企業が、この情報を見せる、見せないかど自動的に取捨選択しています。GAFAの提供する情報に対するアルゴリズムに支配されている、アルゴリズムを管理している経営幹部に支配されているとも考えられます。

流動化する人間関係

流動化する人間関係

遺伝子の設定は、太古の昔の狩猟社会のままなので、家族や親友中心にコミュニケーションするように戻り、友達や知人も固定化されることなく、流動的になりました。友達が仲良くなるにつれ親友になったり、逆に友達が疎遠になり知人程度の付き合いになったりすることがよくおこることになりました。

親友や友達の流動化が起こっています。

人間は時間とともに変化しますし、価値観も変わります。気が合う友達も変わっていく方が自然であり、いつまでも同じ人と付き合い続ける方がおかしいのかもしれません。

AIが情報を支配し、
人間の価値観を決める

テクノロジーの変化により、情報を支配している存在が変わってきています。

神→テレビ→AI
と、移り変わってきています。

今はAI企業はGAFAが中心ですが、これからはより多くのAI企業が出てくるでしょう。データを集めて、クラウドでAIが分析して、その人間にとって最適なモノやコトを提案して価値観を決めてくれるわけです。

ごく一部のAIを操る人間が、
人間を支配する?

いつになるかはわかりませんが、将来的には、人間の代わりにAIが働き、人間はあまり働かずに皆が休みの日のような生活をしているでしょう。

テレビが先進国の人間を支配していたともいわれていますが、ごく一部のAIを操る人間が、その他大勢の人間に対してどのような情報を流すのか決めて、支配している世の中になっているかもしれません。

お金よりもつながりが
大事な世の中へ?

昭和の時代に比べると、令和の時代の今は、もちろん、お金を稼ぐことは大事でありますが、相対的にはお金の価値観として減ってきています。

人類の歴史から見ると、昭和の時代はお金を稼ぎ使うことが良いという価値観がテレビにより強くなりすぎていただけで、その影響力が弱くなって、本来あるべき状態に戻っているとも考えられるのです。今の50才くらいを境に、それ以上の人は昭和の価値観があり、若い人ほど新しい価値観があるといえます。

3.楽しく生きていくためにしないこと
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